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マイケル、入寮する

春休みはマイケル、青、JJの4人で帰省した。目的はマイケルを高校に送り出すためだ。
台北日本人学校中学部卒業生が一人また一人帰国していった。残されたメンバーは別れのギリギリまで一緒にいた。卒業直後はたくさんの女子ともスケートに行ってはそれはそれは楽しかった様子だった。しかしマイケルの帰省前のスケートは男子3人だけだったらしく「つまんなかった」と帰ってきた。そんなマイケルも3月26日に台湾をあとにした。

マイケルの場合、家族が海外に住み続けるので寮生活に入る。寮生活に備えて毎日「あれも」「これも」と買い物をした。持ち込めない物、制限されている物があり、かなりのものを実家に置いてきた。

4月6日に入寮した。台湾からの船便3箱と買出し品とふとんや真新しい制服や靴4足、ジャージ、カバンなどで部屋がいっぱいになった。名前を書きながら一つ一つの置き場所を決めた。
「こんにちはー」やってきたのは寮の先輩。「同じ班の班長です」先輩は鹿児島の離島、沖永良部出身。奇遇にもバスケ部のキャプテンだった。「ゴミ、捨ててきます!」「荷物運びます!」しつけの厳しい中で育つ高校生は違った。彼らの部屋を見せてもらったが「女子の部屋?」と思うくらいにピカピカだった。バスケ部キャプテンは「よかったら僕の部屋を見ますか?あ、でも綺麗だったかなぁ」全ての引き出しを開けて得意げにみせてくれた。私はここ台湾のマイケルの今までの「ううぅ…」と思うような部屋と交錯した。「毛布と掛け布団はこういう風にたたむんです。折り返しの所がこっちにむくように」教えてくれたのは同じ沖永良部出身の剣道部の先輩。家ではこんな風にはしつけられない。

人見知りするマイケルは言葉を交わさずコツコツと部屋を整えていった。私は嬉しさと寂しさと、伝わってくるマイケルの不安を受け止めながら先輩たちに遠慮なく質問をした。剣道部の先輩に「ホームシックになった?」「なりましたよ」「その時はどうやって乗り越えたの?」「う~む、電話したり」「いつ頃だった?」「GWに帰省して寮に帰ってきてからですね」。やっぱり。

時間はあっという間に過ぎた「そろそろ切り上げて行かなきゃ」そう思いながら「マイケル、傘とサンダルがないけどあとは自分で買いに行きなさいね」「うん」「じゃ、お母さん行くね」目を合わせないマイケル。部屋に先輩二人がいたから泣いたら恥ずかしい。「あっさり部屋をでよう」と決め「じゃねっ!」私を安心させてくれる言葉を嘘でもいいから言ってほしかった「大丈夫だから」と。その代わりに「なんか恐怖だ」と言った。言いやがったよ。
この学校、寮なら絶対大丈夫と思いながらマイケルの性格が不憫でならなかった。

翌日、青とJJと台湾に帰ってきた。家に着いて荷物の整理をしていたら台湾を出るまで着ていたマイケルのパジャマがあった。切なかった。まだまだマイケルの匂いの残る我が家だ。

今朝マイケルに電話した「どう?」「楽しいよ」「ほんと?」「うん」「よく眠れる?」「うん」「ご飯美味しい?」「美味しいよぉ」「今なにしてたの?」「礼儀作法の途中。抜けてきたけど」「ごめんごめん、戻っていいよ」「うん」「またかけるね」「うんバイバイ」。
「たのしいよ」 だってさ。

うれしくて、嬉しくて、ウレシクテ。私はトースターとコーヒーメーカーと電子レンジを磨いた。鏡台の整理とトイレ掃除、ぞうきんも8枚手縫いした。マイケルの「たのしいよ」のひと言が我が家に春風を呼んだ。鹿児島の満開の桜もやってきた。

台湾時間朝5時半にマイケルは毎朝の集いで台湾方向を向いて黙想をする。寮生全員、家族の住む方向にバラバラに向く。そして鐘を3回鳴らす。「父母」「恩師」「地域の人」への感謝の気持ちだそうだ。
私も5時半に起きる。そして鹿児島の方を向く。マイケルが毎日「たのしいよ」と過ごせるように。
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コメント

うちも4月1日に入寮させたときのことを思い出してしみじみしてしまいました。素晴らしい寮、素敵な先輩たちですね!マイケルくんもきっと寮生活で大きく成長するのでしょうね。次に会うときが楽しみです。
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シャー

Author:シャー
<登場人物>
旦那 シンガポール単身赴任中
長男 24歳 フリーター
長女 22歳 大学4年生
次女 19歳 大学1年生 
コリン(ちわわ)9歳

私  昭和の帰国子女51歳。英会話スクールのホームインストラクター。雑居ビルの激狭1Rで開講中。初の事業主人生。

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